時計が消えた日 第1日目・朝

目を覚ますと、遮光カーテンの隙間から明るい陽の光が差し込んでいた。カーテン越しに、通りを往来する車の音が聞こえてくる。

「しまった…か?」

前進はそう呟く。

今日は10時20分から必修の授業がある。毎回、授業の冒頭で出欠を確認するので、遅刻はできない。

前進は布団から左腕を抜き出し、その長袖パジャマの袖を右手でちょいと引っ張った。彼は普段、「チープカシオ」と呼ばれるカシオ製の腕時計を左腕に巻いて寝ている。軽くて着け心地が良好なので、日常的に愛用しているのだった。パジャマの綿生地がスルリと前腕を撫で、左手首が露わになる。そこに時計はなかった。

「おかしいな」

そう呟きながら、左に寝返りを打つ。枕元にスマホが置かれていた。

前進はスマホに手を伸ばし、筐体を掴むと、手首をひょいと捻って傾けた。液晶にロック画面の表示が灯る。設定では、そこに時刻が表示されることになっていた。しかし今、時刻を示す数字の並びは画面のどこにも映っていない。まるで、はじめからそこに時刻など表示されない設定だったかのように。

前進は違和感を覚知した。今朝はどうもおかしい。

ともあれ、授業は10時20分から始まる。今が何時何分なのか、知る必要がある。

幸いにして、前進は腕時計を収集することを癖としていた。一人暮らしをしている彼の部屋には、計6本の時計があるはずだった。1本は、昨晩左腕に巻いて寝たはずのチープカシオ。そして残りの5本は、机の上に置かれた腕時計保管ケースの中に収納されている。そのいずれか1本でも確認できればいい。

前進は上体を起こし、布団を横に剥いだ。この頃は朝方に冷え込むようになり、布団から出るのが億劫になりつつある。しかし今朝はそれほど寒くない。加えて、先ほどからの違和感とともに妙な緊張が身体に宿っている。彼は反動をつけてベッドから立ち上がり、カーテンを開けた。すでに高く昇った太陽のまばゆい光が、顔に照りつけた。彼の住むマンション12階の窓には、秋らしい清々しさを感じさせる濃い水色の空が広がり、刷毛ですうっと掃いたような薄く白い雲が浮かんでいる。

前進はしばし空と、その下に広がる灰色のビルの街並みと、その間を行き来する車や人の動きを眺めた。それから窓際の机に向き合った。息を吸って、スーッと吐いて、腕時計保管ケースの蓋を開ける。その中は買ったばかりの時のように、ガラリと空っぽだった。

「泥棒か…?」

部屋を見渡す。机の上に置いたボールペンが12時方向から微妙にズレた方向を指して静止しているその角度、床の上に積み上げた教材の塔が絶妙なバランスを保って崩れずにいる姿、昨日ポケットから取り出して適当に本の上に置いたままのハンカチの畳み皺。すべてが昨晩の寝る前そのままであった。そして前進も、その確認が意味のないことにもはや気づいていた。

「時計が消えた…存在そのものが」

違和感の正体はこれだった。